体の色が似ているからといって、その犬は『きなこ』という名前になった。
友達は、夕方になるとよく『きなこ』を散歩させていたけど、活発な『きなこ』がぐいぐいと友達を引っ張るようにしていたから、まるで『きなこ』が友達を置いて逃げだしてしまいそうで気が気でなかった。
笑顔で「新しい家族が増えたんだ~!」と言ってた友達も、リードを離さないようにするので精いっぱいで、ちっとも楽しそうじゃなかった。
『きなこ』が友達の家にやってきて半年くらい経った頃には、友達は『きなこ』の話をしなくなっていた。
『きなこ』の散歩も、友達のお母さんやお姉さんがするようになっていた。
私は、わざわざ『きなこ』を話題に出すことはしなかったけど、初めはあんなに嬉しそうにしていた友達のことが、少しかわいそうだなと思った。
相性が悪かったのかもしれないね、と、私は勝手に心の中で『きなこ』と友達のことをそう結論づけた。
10年くらい経ったある日、『きなこ』が亡くなったと友達から聞いた。
「他の家族と比べて、積極的に遊んだり面倒を見たりはしてなかったけど、死んじゃうとやっぱり悲しいもんだね」
と友達は寂しそうに言った。
そんな友達を放っておけなくて、私はその日友達の家に泊まりに行った。
その日はちょうど友達の家族が留守で、きっと1人で寂しいだろうと思ったから。
夜、布団に入って横になりながら友達といろんな話をした。
勿論、『きなこ』のことも。
「きなこはさ、お姉ちゃんにはすごく懐いてたのに、私にはあんまりだったんだよね。たぶん私のこと嫌いだったと思う」
そんなことを友達は言ってたけど、私は
「そんなことないよ、あんたと『きなこ』は家族だったんだから」
と言った。
そうだ、相性が悪かろうが何だろうが、家族は家族だ。
だって友達はあんなにも寂しそうに『きなこ』のことを話していた。
友達は、「ええ、そうかな?」と言って笑って、しばらくして私たちは眠りについた。
枕が変わってもぐっすり眠れる私だけど、夜中、小さな音が聞こえて目が覚めた。
暗い部屋の中でゆっくり目を開けると、隣で友達が嗚咽をこらえながら泣いていた。
私は体を起こして友達に近づいたけど、友達は泣きながらもほほえんでこう言った。
「『きなこ』がね、夢に出てきたの。夢の中で、もっと一緒に遊びたかったのにごめんねって言ってた」
そして友達は、私にしがみついてわんわんと泣いた。
私が『きなこ』を散歩させている友達を見た日、家に帰ってから友達は『きなこ』を叱っていたらしい。
どうして言うこと聞かないの!と。
すると『きなこ』は友達の右手を噛み、友達はそのことがきっかけで、あまり『きなこ』に近づかなくなってしまったらしい。
「あの時、噛んじゃってごめんね。一緒にいろんなところに行きたくて、散歩ではしゃぎすぎちゃってごめんね」
夢の中で『きなこ』がそう謝ってきたと、友達は言った。
それはあくまで友達の夢の中の出来事で、彼女が自分に都合の良いように『きなこ』のことを解釈しているだけかもしれない。
だけど私は、家族が留守で1人で寂しがってる筈の友達を心配して、『きなこ』が会いに来てくれたんだと思った。
だって、私の腕をつかむ友達の右手が、まるで犬に舐められた後のように温かかったから。